潜在意識の罠から出る

  • 2013.06.05 Wednesday
  • 20:58
 毎日のようにメールや電話で連絡を取っていた彼から
ぷっつり連絡が途絶えた。

その一週間後
彼の親しい友人が44歳という若さで亡くなり
あまりの悲しさに
携帯も切り、誰にも会いたくないので
元気になったら連絡するというメールをもらった

彼自身に事故や病気など何かがあったんではないのだとわかり
メールをもらった時はうれしかった    のに

次第にまた日に日に不安がつのり
1週間後には
「婚約を解消した方が良いのかな?」
くらいにまで妄想は膨れ上がっていた。

「親しい人を亡くしたことで
 また同じ悲しみを味わうくらいなら
 新しい人間関係を築くのはやめようと
 再婚を恐れているから
 連絡をくれないんだ」とか

「なんか心が狭いよね
 これからも落ち込むたびにこもってしまいそうだよね
 それで妻や子供の面倒を見れるのかね?
 そういう彼のアップダウンに疲れてしまいそうだよね」

という声が聞こえてきたからだ。

信じよう・・・
彼はずっと私のことを思い続けてきて
氷のような私の心を溶くのに3カ月も待ったんだから
こんな1週間私が待てないでどうする?

という私の声なんて容易に打ち消されるほどに。


もう何年も精神世界の勉強も
心理学も、東洋哲学も学んで来ているのにもかかわらず・・・

しかし・・・・

大きな落とし穴にはまっていることに今朝気が付いた
(これこそ陥入)

昨日までの私は
宗教的に
キリスト教は輪廻転生がないから
人が亡くなるとそれで終わりだと思ってしまって悲しいのかな?と思い
だったら魂というものは永遠なんだとちゃんと説明してあげなきゃ

とか

普通(この普通って何なんだということになるのだろうけど)
悲しい出来事があったら、恋人に打ち明け
シェアするものだろう・・・。
それが家族というものではないのか?
心を閉ざしてないで話せば楽になるだろうに
なんで私を頼ってくれないんだ
私のことを試しているのか?

と思い続けてきた。


だから
そういうことを肯定させる言葉を
私の信頼する師やヒーラーさんの口を通して
聞くことになったのだ・・・。


やっぱり・・・と思って
あきらめさせようとしている正体とは・・・
他ならぬ私の
潜在意識だ。

今朝、そういうことだったのか〜〜〜〜!と目から鱗だった。

ここのところ毎日私はずっと自己催眠をかけ続けている

「愛するということを理解したい」と

毎日毎日問いかけてきた。

だから新しい概念が私のところにやってきた。

人は快適ゾーンを出たくない。

潜在意識も、脳も、変わってほしくない。

だから慣れている私のやり方を今回もやらそうとしてきたから苦しかったのだ。

事実だけを見てみよう・・・

彼はただただ一人になりたくて携帯の電波の届かないところにいて

私の送ったいくつものメールはまったくみていなかったらしい。

彼の育った家庭では、人が亡くなると

一人でその悲しみに浸り、喪に服すという。

宗教の違いだからというのではなく

彼は彼の人生に起こった急な出来事に対処するために

一人になり、じっくりそれを味わっていただけだったのだ。

そんなときに酒に頼ったり

見ず知らずのカウンセラーのところに行って話をしたりして何の助けになるのかと。


普段からブログでも講座でも

自分でそれを乗り越えるしかないのだと人には教えてきているのに

人に頼ってほしいとはなんたるエゴ

そんな男の方がよっぽどイタイ・・・じゃないか・・・。


先日

「人は愛と感謝と喜びだけを感じたら良い」のだと知った。


彼は私に悲しみをシェアしたくなかったんだ・・・。

それが彼の思いやり。

電話が久しぶりにきて私が泣いた時に

「君は僕を失っていないんだから泣かないで笑って。

 僕は十分泣いたんだからもう涙は要らないよ。」

と言っていたではないか・・・


私は今まで子どもや元夫の問題までいつも背負っていた

背負って解決しようとしてしまっていた・・・。

彼らがやるべきことなのに、すっかり私が奪っていたのだ・・・。


仏法でも同苦といって

苦しい人を助けるために地湧の菩薩が同じ苦しみを持つ者として

人を助けるというのを私は理想としてきた。

上から目線で私はできるあなたできてない人的に

人を助けるのは良くないと教えられてきた。

だから、自ら苦しみを引き寄せる癖があったのだと思う

その方が他の人が共感しやすくて

私が不幸でいることで他の人も救われるのではないかと勘違いしてきたのだ。



さっき、彼と久しぶりに顔を見ながらfacebookで話すことができた。

「私が間違っていた。
 
 いつもの癖で同じことを繰り返すところだった。」と告げた


すると彼も同じことを考えていたようで

「まず一番大切にするのは自分だと教えたよね。

 自分で自分の面倒を見れない人が人を助けることはできないんだ。

 君が近くにいたなら違っていたかもしれないが、遠くにいる人に電話で何ができる?

 もうすっかり元に戻ったよ。だからもう心配しないで。一人でいる間ずっと寂しかったよ。」

「寂しいのに電話してこないというのが私には理解できなかったの」

 「寂しいし、会いたいし、愛しているけど 一人になることも必要だったんだ。
   
 聖者はどこにいて何をしてるか知ってる?」

「人里離れたところ・・ヒマラヤとかで瞑想してる」

「そうだろ。僕もずっと瞑想していたんだ」

一人になるというのは誰かを拒絶することとイコールではない

神と対話したり、内観したり、瞑想したり

私もそういう時間は必要で、人に会って答えを知ることもあるけど

答えは自分の中にあるのだからと

極力一人になる時間を大事にしてきた・・・。

なんで立場が逆だとわからなかったんだろう・・・。

孤独が人を不幸にするというのも間違いだ。

心配をかけたくないからこそ親にも言えないこともたくさんあったもの。


教えてあげなきゃという奢り

これほど怖いものはない・・・

「私があっている」「自分の価値観に合わせようとする」怖さ。

スピリチュアルなセミナーが世の中にはたくさんあって

神秘的な体験をしたい人がたくさんのお金を費やしてきているが

霊的な体験をするというのは

ずばり愛を実際に体験することに他ならない

受け取るよりもたくさんのものを与えていると感じて苦しみ

自分の愛を相手に気付いてもらえなくて苦しみ

自分のルールを押しつけることができなくて苦しむ。

でも本当は苦しむ必要はなくて

本当の愛とは完全に降伏し、ゆだねることなのだと

パウロコエーリョは書いている。


良いことをするためや誰かを助けたり守ったりするために愛するのではない

そうなら相手を単なる対象として認識し

自分自身を賢くて寛大な人間だと思い込んでいるので

これは愛ではない

愛するとは相手と一つになり、相手の中に神のきらめきを発見すること

だと。



今度こそ続けたいんだって真剣に思った。

だから

昔の私のルールではきっと母親のように彼を愛してしまうところだったから

こういう出来事が起こったのだと思う。

まさに奇跡の真っただ中に私たちは生きているんだ!




























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